講師紹介

川本 由美子先生
「川本 由美子」先生

浜松局所属
50代 日本和装着付け講師歴9年
静岡県浜松市でご主人、ご子息と3人暮らし
お嬢さまは大阪で就職して実家のお母さまと同居

スポーツに夢中だった少女時代

1988年のお正月。先生の手編みセーターを着たご主人、息子さんと。

大阪で生まれ育ち、幼少のころから毎年お正月にはきものを着ていたという川本先生。

祖母や母が普段からきものを着ている家庭環境に身を置きながら、体育好きの活発な少女は、小学生の時には水泳、中学ではバレーボールに打ち込んで、それほどきものに特別な興味は抱かなかった。

自発的にきものに関わったのは短大卒業後。和裁教室を開いた中学時代の担任教師から「着付けを習ってみない?」と声をかけられたのがきっかけだ。

さらに上級者向けの学校に通って着付け講師の資格も取得。ご近所のご婦人方に着付けを教えたりして「楽しかった」が、若くて欲もなかったせいか、本格的に講師になりたいという思いは芽生えなかったという。

着付けの進化にびっくり!

お嬢さまの初節句。桃色のきものは、先生のお母さまのものを仕立て直したそうです。

約2年間のOL生活を経て23歳で結婚。浜松へ移り住むと、「フレンドリーであったかい土地柄」が気に入って、すぐに浜松が大好きになった。

子育てに忙しく、きものを着る機会は卒入学程度に減っていたため、友人に誘われるまま日本和装の教室へ通うことに。そこで先生はとても驚いたという。「だって昔習ったときは、ベストのような形の晒(さらし)の補整着をチクチク自分で縫ったりしたんですよ!小袖ベルトみたいな便利なものもなかったし、帯枕もふわふわで、補整もワンタッチで、着付けも進化しているんだなと思いました」

 息子さんの受験などもあって、この時もまだ「きものライフへまっしぐら」にはならなかったが、先生ときものの間には、切っても切れない深い結びつきがあったのだろう。後に趣味で習い始めたお茶の先生が、なんと日本和装の着付け講師だったのだ。この講師の強い薦めで、川本先生は日本和装で講師の道を歩み始めることになった。

明るく笑いの絶えない教室

母譲りのきものと袴を着用したお嬢さまの卒業式。着付けはもちろん川本先生。

たくさんの教室を受け持つ川本先生は、「とにかく生徒さんを前向きにさせてくれる、頼もしい先生です」と局スタッフからの信頼も厚い。

たとえば次のようなエピソードからも人気の秘密がうかがえる。「最初に受け持ったクラスで、着付教室が終了した後も1年間、毎月欠かさず、きものでランチに出かけましょうと誘ったんです。生徒さんは午前・午後合わせて14人。皆さん仕事や家事・子育てなどで忙しいなか、いつも10人以上が集まってくれましたね」。みんなにもっときものを好きになってもらいたいという想いを、言葉だけでなく、さりげなく行動で伝えていく。そんな姿勢が生徒さんからの高い支持につながっていることは、ランチ参加人数の多さにもあらわれている。

普段の教室でも、先生のクラスはとにかく明るく楽しい雰囲気だそうだ。「大阪出身だから笑いを取らなきゃいけないと思ってしまうのか、ついついおしゃべりしちゃうのよね(笑)」

着れば着るほど、美しくなる

2014年「ニューヨーク遊々会」にて、きものなでしこたちと記念撮影♪

多忙な講師生活で、毎日のようにきものを着る生活になったと語る川本先生。ご家族の反応は?という問いかけに「主人はスキューバダイビングが趣味で、お互い好きなことをやってるから大丈夫なの」と屈託なく笑う。

それでも、2015年春の「無料きもの着付教室」受講生50万人突破キャンペーンのポスターに川本先生が出演し、そのポスターが送られてきた際には「額装しなくていいの?」とご主人に言われたのだとか。ご家族のあたたかい応援にも見守られ、講師道を邁進する先生にとって特に印象に残っているのが、2014年遊々会の海外開催都市となったパリとニューヨークで、きものを着て颯爽と歩いたこと。「外国人の方に握手を求められたりして、日本人として、とても誇らしい気持ちになりました」

川本先生の信条は「きものを着れば着るほど、美しくなる」。見た目だけにとどまらず、内側からも美しさが磨かれるのが、きものの素晴らしさだという。この先生についていけば、真のきもの美人になれる日もそう遠くはなさそうだ。


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